長崎地方裁判所 昭和55年(行ウ)1号 判決 1980年3月31日
原告 塩塚幸男
右訴訟代理人弁護士 横山茂樹
同 熊谷悟郎
同 塩塚節夫
被告 長崎県知事 久保勘一
右訴訟代理人弁護士 芳田勝己
主文
一 原告がした福江市議会議員白浜七勇の資格決定に関する審査の申立について、被告が昭和五四年一二月一八日にした裁決を取消す。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告(請求の趣旨)
主文と同旨
二 被告
(本案前の申立)
1 本件訴えを却下する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
(請求の趣旨に対する答弁)
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 原告(請求原因)
1 当事者の地位
(一) 原告は、福江市議会議員である。
(二) 被告は、地方自治法(以下、法という。)一二七条四項、一一八条五項により、議員の資格審査に関する市町村議会の決定に対する審査の申立につき裁決する機関である。
2 福江市議会の決定
(一) 原告は、昭和五三年九月福江市議会議員に当選した訴外白浜七勇議員が、当選後四か月間、福江市から廃棄物の収集を請負っている有限会社福江衛生公社の取締役の地位にあったことを理由として、右白浜議員が法九二条の二に規定する議員の関係企業への関与禁止に違反すると主張して、法一二七条一項の同市議会の右白浜議員の議員資格の有無についての決定を求めた。
(二) 同市議会は、昭和五四年九月一二日右白浜議員は議員資格を有する旨の決定(以下、本件決定という。)をした。
3 被告の裁決
(一) 原告は、本件決定に不服があるので、昭和五四年九月二〇日被告に対し、法一二七条四項、一一八条五項に基づき審査の申立をなした。
(二) これに対し、被告は、昭和五四年一二月一八日原告には審査の申立権がないとして、原告の申立を却下する旨の裁決(以下、本件裁決という。)をなした。
4 本件裁決の違法性
(一) 議会で行なう選挙の効力についての議会の決定についての争訟を規定した法一一八条五項は、議会の決定の公正を担保する趣旨から、広く審査申立の途を開いた規定であり、申立権者は当時選挙権を有する議員全員であると解され、これは行政解釈ともなっている。
(二) そうして議員の資格決定についての争訟を規定した法一二七条四項は、右条項を準用するにあたって何ら文理的な制限を加えていない。
(三) これは、地方公共団体の議員の公正、ひいては地方公共団体の事務執行の適正を担保するために、議員の関係企業への関与を禁止した法九二条の二の規定の遵守を求めるため、当該議会の議員全員に不服申立権を認めた民衆争訟的性格を有するとの趣旨であると解される。
(四) もし、被告の如く解すれば、当該議員がいかに客観的かつ明白に法九二条の二に該当し失職すべき場合であっても、その議員が議会多数派に所属するときは、議会の勢力分野に影響することもあって、議会が、「当該議員は、法九二条の二の規定に該当しない。」との明らかに違法な決定をなすことはしばしばあり得るのに、このような議会の違法、不公正な決定を是正する途は閉ざされてしまうことになる。
(五) 議員の資格決定に関する法一二七条一項の「議会の決定」は、一種の争訟判定行為の性質を有するものであって、「議会の議決」の如き妥当性の判断や裁量権の行使を含まないものである。従って、極めて政治的な議会に議員の資格の争訟判定者として第一次的な判定権限を与えたことは、必ずしもふさわしいものとはいえないが、それによって議会の構成の問題を同時に解決させるという技術的理由のためにやむを得ないことであったといえる。
(六) 右の如き議会の決定であるから、現行法一二七条四項は、法一一八条五項を準用するにあたって何らの制限を加えず、広く、資格なしと決定された当該議員に限らず、当時その資格の有無についての議会の決定に加わることのできた議員全員に、その決定について争訟することのできる権限を与えた規定と解すべきである。
(七) 従って原告は、本件審査の申立につき申立人適格を有し、これを欠くとし申立を却下した本件裁決は、法の解釈を誤った違法があるといわなければならない。
5 よって、原告は、本件裁決の取消を求める。
二 被告
(本案前の申立の理由)
1 原告は、法一二七条四項の場合における同条項の準用する法一一八条五項所定の出訴権者に該当しない。
2 なるほど法一二七条四項は法文の上では法一一八条五項を何らの限定をせずに準用しているが、同条項は議会における選挙の効力についての規定であり、選挙の公正を担保するための司法審査であって民衆訴訟的性格を有するものであるのに対し、法一二七条四項は議員の資格決定についての規定であり、その規定する司法審査は議会の決定によって議員の資格を喪失した場合において、選挙という民主的な手続を経て選出されたにもかかわらずその資格を喪失した議員が自己の権利を回復、擁護するために特に認められた抗告訴訟的性格を有するものと解される。
3 よって、法一二七条四項の準用する一一八条五項の場合については出訴しうる場合及び出訴権者は限定されるべきであり、議会の決定により議員の資格を喪失した場合に、その議員に限って審査請求権及び出訴権があり、そのほかには出訴権はないと解すべきである。地方自治法制定前の明治時代以来の市制、町村制下における類似の場合において、議会の決定に対する訴願をなし得る者が、資格なしと決定された議員に限られていた沿革に照らしても、右のように解するのが正しいと考える。なお、行政実例もそのように解している。
(請求原因に対する認否並びに主張)
1 請求原因1ないし3の各事実はいずれも認める。
同4の主張は争う。
2 本案前の申立の理由2・3項と同旨。
第三証拠《省略》
理由
一 請求原因1ないし3の各事実はいずれも当事者間に争いがない。
二 そこでまず本件訴えの適否について判断するに、本件訴えは、原告には審査行政庁(被告)に対する不服申立要件である審査申立人の適格がないとして審査の申立を却下した裁決について、原告が自己に申立人適格があると主張して本件審査の申立に対する被告の実体的判断を求めるために、申立を却下した裁決の取消を求める訴訟であるから、裁決の名宛人である原告は、自己の審査申立人適格の有無につき争って本件裁決の取消を求めるにつき法律上の利益を有する者に該当するから(行政事件訴訟法九条)、本件訴えについても原告適格を有するものといわなければならない。
よって、被告の本案前の申立は理由がない。
三 次いで、原告が本件審査の申立につき申立人適格を有するか否かについて検討するに、当裁判所はこれを肯定すべきものと考える。その理由は以下に示すとおりである。
1 法九二条の二は、普通地方公共団体の議会の議員に対し、当該普通地方公共団体からの請負あるいは請負をする企業への関与を禁止し、これによって、そのような議員が当該団体の具体的な請負契約の締結についての議会の議決等に参与して直接間接に事務執行に不当に干与することを防止して、普通地方公共団体の議会の運営の公正を保障するとともに、事務執行の適正を確保することを目的とする規定である。
そして法一二七条は、右の請負禁止等の規定に該当するか否かは元来客観的に明瞭な事柄であるにもかかわらず、実際問題としては、この規定に該当しているのではないかとの疑いを抱かせながらも、当該議員が自発的に辞任しない限り、これを辞任させる方法がなかったので、決定機関を定めることによって客観的に決定ができるものとしたものであり、この該当するかどうかを議会が決定するとされたのは、同じく議員の資格の有無にかかわる被選挙権の有無を決定する権限を有する機関である議会の自主的決定に委せるという趣旨に出たものである。
しかし、右の議員の資格についての決定は、例えば議会自身が直接の見聞者となった議員の議会内における規律違反行為について、その規律違反事実の有無の判断、懲罰の妥当性及び懲罰の種類選択についての合目的的な裁量を含めた議員の懲罰についての議会の議決等とは異なり、元来議員が被選挙権を有するか否かあるいは法九二条の二に該当するか否かについての議会の判断を求める規定であって、失職に至ることについての妥当性の判断や合目的的裁量の働く余地はない。ただこれが場合によっては、当該議員の身分ないし資格の喪失にかかわる重大な問題となるため、資格なしとする決定には、出席議員の三分の二以上の特別多数決を要するという慎重な手続でなすべき旨が規定されているものであると解される。
そうすると、法一二七条四項及びこれが準用する法一一八条五項の定める議員の資格についての争訟は、議員資格なしと決定された当該議員が自己の権利利益を守るためにこれを争う場合のみならず、前述の立法目的を有する法九二条の二の遵守を求めるために、当該決定に加わる権限を有した議員全員に不服申立の途を開いた抗告訴訟的な民衆争訟ということができる。
また、議員の被選挙権の有無や議員が法九二条の二に該当するかどうかは、きわめて客観的な事実であるので司法審査にもなじむものといわなければならない。
2 法一二七条四項は、法一一八条五項を準用するにあたって何ら制限的文言を用いず、また認み替え規定等を置かず不服申立権者についての「決定に不服がある者」との文言をそのまま準用している。右立法の体裁からするも、法一二七条の不服申立は、法一一八条の場合と同様、民衆争訟の性格を有するものと解するのが相当である。
3 議会の自律権は尊重されるべきであるが、これとても法律により一定の制約に服するものであって、本件で問題となっている普通地方公共団体の議会の議員の資格決定についても、その決定について法一二七条四項、一一八条五項によって、自治大臣又は都道府県知事に対する審査申立及び裁判所への出訴が認められていることじたいが、議会の自律権に対する制約を法律が認めていることに他ならない。
四 以上の理由で、当裁判所は、福江市議会議員である原告には本件決定について不服申立権があり、申立人適格を有すると判断するものである。
従って、本件裁決が、申立の本案について判断することなく、原告には本件審査の申立人適格がないとして、原告の申立を却下したのは、その理由に誤りがあり違法といわなければならない。
よって、原告の本訴請求は理由があるから認容することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 鐘尾彰文 裁判官 加藤誠 吉田京子)